東京地方裁判所 昭和35年(ワ)1654号 判決 1960年7月28日
東京都大田区久ケ原町三六二番地
原告
宮島尚
右訴訟代理人弁護士
藤井暹
森越博史
右同所
被告
西川政一
右同所
被告
池田フサノ
右両名訴訟代理人弁護士
小林象平
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(双方の申立)
原告は、被告等は原告に対し東京都大田区久ケ原三六二番地所在の家屋番号同町二九〇番の三、木造瓦葺平家建居宅一棟建坪一二坪を明渡し、且つ、昭和三五年三月七日から明渡済に至るまで一月金二千円の割合による金銭を支払え、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決及び仮執行の宣言を求め、被告等は主文同旨の判決を求めた。
(原告の請求原因)
原告は訴外池田潤司に対して申立欄記載の家屋を賃料一月二千円で賃貸していた。潤司の一家は夫婦に子供二人と母親の被告フサノの五人家族であつたが、昭和三四年九月潤司は原告に対して母親と不仲故母親一人を残して自分達は他に移転するが、いづれは仲直りして帰つて来るつもりだから、よろしく頼むと云つて、母親の被告フサノを残し荷物を全部持つて豊島区高松町二丁目一四番地の弥生荘に移転した。
当時原告は家が手狭で困つていたので、潤司に対して、それなら一室でもよいから原告に使用させて貰いたいと申入れたところ潤司はこれを拒んだので、それではせめてどんなことがあつても第三者は入れないことを確約して欲しいと重ねて申入れたところ潤司はこれを承知して引越して行つたのである。
ところが、昭和三五年二月六日潤司は突然その姉婿に当る被告西川政一の一家(夫婦に子供二人の四人家族)を原告に無断で本件家屋に引き入れて居住させてしまつた。これは明らかに無断転貸にあたるので、原告は潤司に対して同年二月九日に到達の内容証明郵便で民法六一二条に従い潤司との間の前記賃貸借契約を解除した。
現在、被告政一及び被告フサノの両名が共同で本件家屋を占有使用しているが、被告等の占有は原告に対抗し得ない不法なものであるから、原告は所有権に基く妨害排除として被告等に対してこれが立退明渡を求め、且つ、訴状送達の翌日(昭和三五年三月七日)から明渡済みまで賃料相当の損害金の支払を求める。
(被告等の答弁)
潤司が引越の際に荷物全部を持つて行つたという点と被告西川政一の本件家屋の使用関係が無断転貸であるという点は否認するが、その他の事実は認める。
被告フサノは七一歳の老齢で眼病のため五〇糎先が見えないので、フサノを看まもるため兄弟協議の上被告政一が潤司夫婦に代つて一時居住しているにすぎないのであつて、潤司が帰つて来れば即日他へ移るつもりでいるのであるから、これを無断転貸というのは当らない。なお、被告政一は潤司の姉婿で、いわゆる第三者を本件家屋に入れないという原告と潤司の話合に違反するものでもない。
(証拠関係)(省略)
理由
本訴の争点は被告政一の本件家屋の使用関係が無断転貸にあたるかどうかの点であるが、証人池田潤司と被告各本人の供述によると、被告フサノは老齢な上に視力も弱いので、潤司が一時別居するようになつてからは被告政一の娘たちがフサノの世話をしていたが、その娘たちも病気になり、加えて昭和三五年一月頃からフサノに高血圧の症状が出てきたので、潤司の姉が潤司と相談してフサノの世話をするため被告政一を一時本件家屋に居住させたものであること、潤司と被告フサノとの間にも和解の交渉が進んでいて、潤司も近く本件家屋に戻るつもりでおり、被告政一も潤司が戻れば直ぐ本件家屋から立退くつもりでいることが認められる。他にこの認定を左右するに足る資料はない。
右に認定したところからすれば、被告政一はフサノの世話をするため留守番のような形で本件家屋に居住しているにすぎないものともみられるので、これを転貸と断ずることは疑があるし、たとえ転貸にあたるとしても、少くとも解除原因たる背信行為を構成するようなものではないといわなければならないから、無断転貸による解除を前提とする原告の請求はすでにこの点において失当である。よつて、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第七部
裁判官 石井良三